諦観と渇望の狭間で考えた

「勉強がんばれよ。あと、女の子には優しくしろよ。」小学3年生の僕に叔父さんはそう言った。

 

男として生まれたからには女にモテたい、と思う。

とはいえ、43歳にもなった今、そんな気持ちも若かりし頃に比べれば薄れてきたなぁ、若い頃にこれでもかと患っていた自意識過剰も、以前よりはずいぶんとなくなり少しは生きやすくなってきたなぁ、などと考え日々を過ごしていたつい先日、久方振りに大変に心が揺さぶられてしまう出来事があったので書いてみる。これは男の、女にまつわる心象の話だ。

 

話は、会社の隣席の同僚であるアラフィフの男(とにかく背がでかい。パソコンに向かいながらいつもヘラヘラ何やら珍妙な独り言を言っている。名はNとしておく。)との会話に始まる。 Nは背がでかい男によくある、聞き取れないような低い声でしゃべる、しかしながら見た目に似つかわしくないけっこうなお調子者、しゃべり好き、かつ大変な酒豪ときており、「人間讃歌は勇気の讃歌!!」などとマンガ『ジョジョ奇妙な冒険』の登場人物の台詞を口走っては、僕を励ましてくれるナイスガイなので時々飲みにいったりしていた。

会社からの帰り際、そんなNと軽く雑談をした。こないだの飲み会の二次会、物見遊山で入ってみた熟女キャバクラの勘定がえらく高かったねぇとか、あの辺一帯の店は高くて困ったものだねとか、そんな実にたわいもない雑談だ。

 

ふと過去の恋愛のこと、みたいな話題になり、まぁ、いい年こいたミドルオッサンがオフィスで話す話題でもないのだが、物静かな僕はしゃべり好きのNの恋愛遍歴を聞かされるという流れになった。

自慢する風でもなく語り始めたNは、どうやら相当に女に不自由しないというか、モテた模様である。高校時代には近所の高校のミス〇〇校の女と付き合っていただの、駅で電車待ちしている時に知らん女にいきなり告白されただの(そんな時に声をかけるのは概して〇〇なので丁重にお断りしたとのこと。)、酒を飲んだ帰りにはよく女をナンパしてはヤっていただの、美人の嫁さんと結婚したのも束の間、その後も色んな同僚の女々と(悪びれもせず)よく浮気していただの、今のNを見る限り想像つかぬ、そんなエピソードがゾロゾロゾロゾロと出てきやがる。

隣席のNは、実はそう、女にモテまくる人生を送ってきた、なんともいけすかないやつだったのである。

 

一方で、僕はどうだろう。振り返ってみた。中学時代は、「イケてないグループに属していた」だし、高校時代は陰キャな上に、山奥の男子寮に入っていたこともありエロ本を回し合う日々。地獄。その後、東京に出てきたけれど、振り返って今、「しかし、あの時期はモテたな~。」なんてことがあっただろうか、いやない。

結婚はしたけれど、なんだかよく分からんままバツイチになり今に至るという、女に関しては今イチどころでなくパっとしない人生を送っているようだ。

思えばもっとガンガンいけたなと振り返れば思う。しかし、当時それもできなかった僕は、そんなわけで、Nの話を聞いて、恥ずかしながら、なんというか大変に嫉妬心を煽られてしまったのである。もちろん態度に出すことはありませんよ。でもNの話を聞きながら僕の目はおそらく嫉妬心からくる黄色い光を放っていたはずである。

Nの語る特に高校時代など、若かりし頃の経験は、かつての僕が本当にほしいと思っていたであるし、何なら今でもそんな気持ちが心の奥にあることを自覚している。

しかし、43歳になる今、それを手に入れたところできっとあの頃であれば感じられたであろうめくるめく想いや、みずみずしさはもう感じ得ることができないだろう?

そんな静かな諦観とともに、まだくすぶっている想いの狭間で、いい年こいて、ここ10年でも一番ともいうべき嫉妬心と敗北感にうちひしがれていた、帰りの電車の中。

 

電車は最寄り駅に着く。晩夏の夕やみの中で、急に降り出すにわか雨。こんなもやもやした気分の日には、どうにもまっすぐ家に帰りたくないのだ。わかっていただけるだろうか。

コンビニで傘を買い、最近、近所で見つけたホルモン屋に一人で入る。「ただいま満席でして2時間後でしたら・・・」と店員さん。しょうがなくしばらく、あたりをさまよった後、新しくできた串カツ屋をみつけ、入った。串カツセットと楯の川をオーダーする。相変わらず外は雨。

帰りがけにはコンビニで缶ビールを買った。

 

その夜、寝付けない頭で暗闇の中一人、考えてみた。久方ぶりに味わったこの敗北感をどうしたらいいのだろう、嫉妬心をどうしたら解消できるのだろうか。結局のところ、これから僕はどう生きたらいいのだろう。

答えはまだでていない。

ただはっきりとしているのは、かつての僕ではなく、今の僕にフォーカスし、今の僕自身の充実というものを追い求めていくことにしか答えはないような気がするということだけである。

思ってもみないところで感じた敗北感や嫉妬心をきっかけに今の自分の生をよりよいものにしていく原動力を得たような気がする。

そんなことを日々考えながら今も日々を生きている。