家計にご注意、野々宮さん -映画『そして父になる』への勝手なる考察
映画『そして父になる』を観た。
この作品を観た方は多いと思うが、どんな話かあえて言うならば、出生時に子供を取り違えられた二組の夫婦の葛藤と交流を通した、主人公である父親の成長物語である。
監督は、後に『海街diary』、『三度目の殺人』、そして『万引き家族』なども手掛ける是枝裕和さん。
キャストは、主演を福山雅治さんが務め、他にも尾野真千子さん、リリー・フランキーさん、真木よう子さんなど、個性的、かつ豪華な俳優陣が出演している。
興行収入は30億円超えと大成功を収めたのみならず、評論家の評価も高く、またカンヌ国際映画祭 審査員賞を受賞するほどの栄誉も得ている。あらゆる面で恵まれた作品といえるだろう。
そして、この映画の主題については、国内外を問わず様々なメディアですでに語り尽くされている感がある。
だから、この記事では主題に全く関係のない、僕が印象に残ったところを勝手に考察させていただくことにする。
僕がこの映画で特に印象的に感じるのは、なんといっても福山雅治さん演じる、エリートサラリーマン(かつイケメン)である野々宮良多さんのハイグレードな生活ぶりである。
特に印象に残るのが主人公の金遣いとは、我ながら下世話な話で情けない限りだが、東京、タワーマンション、高級車、そして有名私立小学校のお受験と、大変な勢いである。
同じく子供の取り違い被害にあった、群馬在住、しがない街の電気屋の斎木雄大さん(こちらはリリー・フランキーさんが演じる)と対比して、これでもかと金持ちの生活ぶりが描かれる。
しかし、この生活、ほんとに破綻しない? 大丈夫?
良多さんと同じサラリーマンの立場として、勝手に心配し、勝手に家計を診断させていただこう、これがこの記事の目的である。
記事の構成は、野々宮家の収入、支出、そして、もし家計に改善ポイントがあれば勝手にアドバイス、の3部構成とする。
すべてを1記事にまとめると長くなり過ぎるのでこの記事は野々宮家の収入の話のみに留めさせて下さい。
野々宮家の収入
野々宮家の家族構成
さあ、さっそく野々宮家の収入を見ていこう。
まず、野々宮家は東京都心(それがどこかの考察は支出のコーナーで行う)に居を構え、家族構成は、夫の野々宮良多さん、妻のみどりさん、そして息子の慶多くんの3人だ。
妻のみどりさんは、もともと良多さんと同じ会社の同僚であったが、良多さんとの結婚を機に専業主婦となったため、収入はない。また、慶多くんも6歳になったばかりということで、同じく収入はなし。
つまり、野々宮家にキャッシュフローをもたらしているのは夫の良多さんのみということだ。
勤務先
では、良多さんの勤務先をみていこう。良多さんは、大手建設会社(社名は三㟢(みさき?)建設株式会社という)に勤務するエリートサラリーマンであり、セクションは開発企画といったところであろうか、新宿駅西口の再開発プロジェクトのリーダーを務めている。
映画の冒頭では、再開発プロジェクト受注のため、デベロッパー(?)に向けたプレゼン準備の陣頭指揮をとるシーンが描かれている。
この三㟢建設株式会社は架空の会社であり、現実にはない。だから、収入を推定するために現実の会社にあてはめて考える必要がある。
建設会社で、都市開発のような大規模プロジェクトの設計、施工を請け負うほどの規模であれば、やはりスーパーゼネコン(年間単体売上が1兆円を超える)と考えるのが妥当だろう。
そして、現在スーパーゼネコンは5社存在する。大林組、鹿島建設、清水建設、大成建設、そして竹中工務店だ。
ふと、映画のエンドロールを観てみると、撮影協力に「大林組」の名前がある。どの面で協力をしたのか不明だが、今回は、スーパーゼネコンの中でも最大手クラスである大林組をモデルにして考えていこう。
大林組はあの六本木ヒルズの施工や、大阪のグランフロントの設計、施工をはじめ、都市開発において多くの実績もあることだし、きっと新宿駅西口の再開発プロジェクトも任せるに足ることだろう。(偉そう)
年収
次に良多さんの職制であるが、プロジェクトのリーダーである以外にはっきりと述べられているシーンはない。
しかし、映画には良多さんの直属の上司であろう「部長」という肩書の人が登場するから、良多さんはまだ「部長」ではなく、将来有望な「課長」というところであろうか。
では、大林組の課長の年収はどの程度なのか。これは以下の給料BANKのサイトで調べた。サイトによれば、1325.4万円とのことだ。
https://kyuryobank.com/kensetsu/obayashi.html
ちなみに良多さんは何歳なのか、年齢を推定してみる。作中では年齢が明かされるシーンはなかったが、妻のみどりさんからは、コレステロール値が高く、卵の摂取は控えるよう、注意されていた。
この映画上映時の福山雅治さんの年齢は44歳であるし、健康不安がぼちぼち出てくる年頃であるところからして、良多さんを40代前半と考えるのが、まぁ妥当なところであろう。
そして、給料BANKのサイトのみならず、様々な転職サイトでも大林組の40代前半の平均年収は1000万円程度であるとされているので、出世コースに乗っているであろう良多さんの年収が、1325万円というのは当たらずとも遠からず、といえるだろう。
以上により、良多さんの年収は1325万円とする。
さすがに年収1000万円の壁はクリアしてきた。というよりエリートの設定ならばこれは最低ラインとして超えてほしいところだ。
そして、大林組に副業制度はないようなので、副業収入はないものとする。良多さんは、とにかく多忙で、休日ですら息子の慶多くんと遊ぶ時間も作れないくらいだから、仮に副業制度があったところで副業に充てるまとまった時間を確保するのは難しいかもしれない。
したがって野々宮家に事業所得はないということになる。
その他に考えられそうな所得として、株式などの配当所得はどうだろうか。これは全く情報がない。仮に情報があっても保有している金融商品と保有時価総額まで分からないとどうしようもないので、なしとしておこう。
所得税
ここからは所得を計算していく。
税金を計算して、収入から引く。つまり、手取りはいくらになるのか、というやつだ。
※ここからは延々と税金の計算が続くので、面倒な方は一番下までスクロールして下さい。良多さんの可処分所得が分かります。
良多さんの所得は、数ある所得の中で給与所得のみであるから、まずは、次の3ステップで所得税引き後の所得を計算していくことになる。
1.所得金額(給与所得)を計算する。
はじめに給与所得を計算していく。
まず、税金は収入ではなく所得にかかる。所得とは収入から控除を引くことによって求められるが、この段階で差し引ける控除は次の2つがある。
- 給与所得控除
給与所得控除は、収入に応じて定められた割合まで経費に相当するものを認めようというものである。
所得控除額は収入レンジによって異なるのだが、良多さんの年収1325万円は、収入850万円超という、最上位のレンジが適用され、その給与所得控除額は195万円となる。
つまり、給与所得控除後の所得は、1325万円-195万円=1130万円 だ。
- 所得金額調整控除
続いて、所得金額調整控除である。子育て・介護世帯への負担減のためのものであり、要件は給与収入850万円超で、本人あるいは親族に障害を持っているか、23歳未満の扶養親族がいる場合である。
これが適用されるようになったのは、2020年以降だから映画の上映前だが、野々宮家の家計のために適用していこう。
所得金額調整控除は、1000万円※-850万円×10%=15万円(※最高額は1000万円)
そうなると、良多さんの所得金額調整控除後の所得は、1130万円-15万円=1115万円となる。
2.課税所得の計算
次に、課税所得を求めていこう。
これは上で求めた所得からさらに以下の所得控除を求めて差し引くというプロセスで、上の所得控除と同じ扱いのようだが、少し違う。
課税標準を求めるには、給与所得と、他の所得がある人は他の所得と合算した上で以下の所得控除を行うのだ。だから上とは違うステップとして行わなければならないのだ。
ただし、良多さんは給与所得のみしか所得がないため、ステップを分ける必要はないのだが。
これはまじでめんどくさい。
しかし、無視できないほどに大きなものだ。やらないわけにはいかないだろう。
まず、社会保険料は、4~6月の平均報酬月額の平均から求めた、標準報酬月額に税率を乗じて求められる。
ということで、良多さんの報酬月額を推定してみよう。
年収は1325万円で、賞与は仮に年2回で計4ヶ月分とし、報酬月額をαと置くと、報酬月額は次の通り表される。
α x 12ヶ月 + α x 4ヶ月 = 1325万円
α=1325万円÷16ヶ月=82万8000円となり、標準報酬月額は約83万円だ。
これだと賞与が報酬額に含まれないことになるのだが、年3回以下の賞与は報酬に含まないため、これでよい。(年4回を超えると含まれるようになる。)
続いて、標準報酬月額から社会保険料を求める。
社会保険料には年金保険料、医療保険料、そして介護保険料が含まれる。
早速求めていこう。
- 年金保険料:
年金保険は国民年金と厚生年金に分けられるが、良多さんは会社員なので、厚生年金保険の被保険者だ。
厚生年金保険料の計算式は標準報酬月額に税率 18.3%を掛けた、以下となる。
83万円x18.3%÷2=7万5945円
厚生年金保険料は労使折半で会社が半分負担している。本人負担分を求めるために2で割っていると理解してほしい。
良多さんは会社員なので国民健康保険ではなく、健康保険の対象だ。
健康保険にも中小企業向けの協会けんぽと、主に大企業向けの組合けんぽがあるが、大林組は大企業なので組合けんぽとなるだろう。
と思っていたのだが、大林組はゼネコンを対象にした全国土木建築国民健康保険組合というものに入会しているらしい。
そこで、この全国土木建築国民健康保険組合のサイトのお世話になり、医療保険料、介護保険料の控除額を求めていく。
まず、全国土木建築国民健康保険組合において組合員は、ざっくりと次の2軸で分類される。
後期高齢者か否か(つまり75歳未満か否か)、そして日雇労働者か否かである。
日雇労働者は、第二種組合員に該当し、それ以外は第一種組合員に該当する。
良多さんは当然第一種組合員であり、かつ後期高齢者でもない。
この条件で保険料を求める。
基準となる報酬月額と賞与額のそれぞれにかかってくるのが医療保険料や、介護保険料ということになる。
第一種組合員で報酬月額は83万円、そして44歳の良多さんは40歳以上65歳未満のため、第二号被保険者となる。
その場合の組合員負担分の保険料はサイトの早見表によると、4万250円である。
(労使の完全な折半ではなく、組合員側の負担が20%くらい少ない。)
そして、賞与額に対する医療保険、介護保険料は、サイト内の計算シートで計算した。
結果として組合員負担分は16万1020円であった。
内訳は次の通り。
医療保険料 10万2920円
後期高齢者支援金 2万6560円
介護保険料 3万1540円
社会保険料の計算はここまでで、良多さんが支払っている社会保険料は、7万5945円+16万1020円=23万6965円 と分かった。これは全額控除となる。
- 生命保険料控除:
専業主婦とまだ小さな子供を抱えているのだから掛け捨ての生命保険に入っているものと考えられる。従って最大の4万円の控除が適用できるものとする。
- 医療費控除、地震控除、寄付金控除:これらは推定しにくいのでなしとしておく。
ここまで計算し、ようやく課税所得を求められる。
課税所得は、1115万円 - 基礎控除 48万円 - 社会保険料控除 23万6965円 - 生命保険料控除 4万円 = 1039万3000円(千円未満切り捨て) となる。
3.税額を求める
上で求めた課税所得に税率を乗じて税額を求める。
課税所得 1039万3035円の所得税額の税率は33%で、計算は以下の通り。
所得税額は、1039万3000円 x 33% -153万6000円 = 189万3690円 である。
本来は、ここから更に税額控除を差し引いて実際の税額となる。
税額控除に該当するのが住宅ローン控除とか、配当控除とかいうやつだが、ここでは割愛する。
以上、大変な長旅であった。全国土木建築国民健康保険組合の存在などさすがに知らんかったし。
だがしかし、あくまでここまでは所得税の話。まだ住民税が残っている。。。
もう、だいぶしんどくなってきたがヤケである。住民税についても計算してみよう。
住民税
良多さんのような給与所得者が納税の義務を負う住民税(個人住民税)には所得割と均等割がある。
まずは、所得割についてだが、これは所得税の求め方と同じである。ただ、違う箇所が2箇所。
それは生命保険料控除の限度額が2万8000円であることと、税額が10%であることだ。それ以外の計算方法は所得税と同じ。
これ以上プロセスの解説は不要だろう。
税額は、1040万5000円(千円未満切り捨て)x10%=104万円となる。
そして、均等割分の税額は5500円である。(うち500円は復興特別税で時限装置)
所得割と均等割を合算した104万5500円が良多さんが納める個人住民税の額となる。
可処分所得はいくらか?
ようやく税金の計算が全て終わった。
いよいよ、良多さんの手取り(可処分所得)を計算してみよう。
これが良多さんの年間の可処分所得である。
1ヶ月あたり、約86万円というところか。
まとめ
良多さんは課長である。
良多さんは44歳である。
良多さんの年収は1325万円である。
良多さんの可処分所得は1031万810円である。(1ヶ月あたり約86万円)
手取りは80%弱になっているから、20%以上はお国のために、地域のために働いているということになる。
サラリーマンは税金取られ放題という悲しい現実を改めて目の当たりにしたわけではあるが、意外に残ったなという感じもしている。
次回は野々宮家がどのように使っているのかをみていくことにしよう。